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私の履歴書(18)43歳の教訓
kitsu1

<前回より>

私の履歴書(18)43歳の教訓

40代も早いもので、あっという間に3年が過ぎました。今年の誕生日も所属IFAの美女同僚達と大学同窓会メンバーの仲間達に祝って頂き、楽しい時間を過ごすことができました。

この1年を振り返ると、イギリスでEU離脱決定、アメリカでトランプ大統領が誕生、ヨーロッパでも極右政党が支持率を伸ばすなど、各国で自国を優先する保護貿易の傾向が強くなってきていることが今後の世界経済の懸念材料と言えます。

一方、日本国内では安倍晋三首相による長期安定政権が継続しておりますが、政府が黒字化をめざす2020年度の国と地方の基礎的財政収支は8.3兆円の赤字を見込むなど、高成長・高インフレを前提とした財政健全化が困難なことが浮き彫りになっており、赤字解消には社会保障の抜本改革も含めた追加策が必要な状況となっております。

年金給付を巡っては、年金額を今より抑え、将来の年金額を確保するために、21年度からは現役世代の賃金が下がったときに高齢者が受け取る年金額も減らされることになります。現在の公的年金制度の持続可能性を高めるためには、他にも年金の受給開始年齢の引き上げや、私的年金の充実などの大きな改革が避けて通れない状況です。

私の仕事はこれまでも一貫して、日本国内の将来的な年金削減リスクに備えて、自分の年金は自分で作る準備をしておくことを提案させて頂きましたが、この方針は今後も変わりません。また、一人一人のお客様との面談を通して、この仕事が自分にとっての天職であるということを改めて実感しております。色々なお客様がいらっしゃいますが、私は基本的に人と会う仕事が好きなので、どのようなご相談にもできるだけ親身になってお話をお伺いさせて頂きます。
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私の履歴書(17)42歳の不惑
kitsu49

<前回より>

毎年、自分の誕生日に「私の履歴書」シリーズを更新すると決めていたのですが、今年は忙しさにかまけて、更新が3か月以上も遅れてしまいました。誕生日前の直近1年間を振り返ると、公私ともども人生ワースト3に入る大変な年だったように思います。男性の41歳は本厄の年でしたが、年初に厄払いも何もせず、厄年を甘く見ていたことが裏目に出ました。これではいかんと思い直し、昨年10月、上杉謙信公の永遠のライバルである武田信玄公を祀る武田神社で厄払いをして頂いた後、少し運勢が良くなってきたように思います。

気が付けば、自分も今年は42歳、楽しかった30代はあっという間に過ぎ、自分も中年の領域に入ってきました。昔は人生50年だったことを考えると、これから先の人生はボーナスのような人生と言えるのかもしれません。30代後半で自分の一生やるべき今の仕事を見つけることができたのですが、昨年は他の仕事を掛け持ちしようとしてあまりうまくいかなった反省もあり、今後はもう迷うことなく、香港在住独立系ファイナンシャルアドバイザーとしての仕事に徹していきたいと思います。

そう決意した途端、心の迷いがなくなり、仕事も少しづつ昔の活気を取り戻してきたように思います。とにかく私達の仕事はお客様の立場に立って、可能な限り中立的なアドバイスをしていくことが求められます。香港にも様々な金融商品があるので、各商品が持つリスクとリターンの関係をどれだけ正確にお客様にお伝えする能力を備えているかどうかが、この仕事の神髄と言えます。

私自身、以前に格付け会社に勤務していた経験が、現在の仕事にも生かされており、様々なデータを用いて、各金融商品の特徴を出来るだけ分かりやすい言葉でお客様にお伝えすることを心がけています。お客様一人ひとり、運用目的はそれぞれ異なるため、最初のコンサルティングに出来るだけ多くの時間をかけて、それぞれのお客様のニーズに適した商品を提案できることが私達の存在価値とも言えます。

2009年に香港で独立開業した際、お客様に献身的なサービスを提供し、資産運用サービスを通してお客様に心から健康(健心)になって頂き、上杉謙信公のように皆様から頼られる存在のアドバイザーになることを掲げて、サラリーマン人生から独立することを決意しました。今でもその気持ちに変わりはありませんが、7年の月日が過ぎ、自分の心に甘えが生じていた部分もあったように思います。

これからはもう迷うことなく、一期一会を大切にして、素敵な人達と巡り合いたい、そんなことを出張先の上海で、外灘の夜景を眺めながら、考えておりました。「香港IFA木津英隆のマネーは巡る」はまだまだ巡ります。これからも皆様のご支援を宜しくお願い致します。

<来年へ続く>
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私の履歴書(16)41歳の決断
kitsu38

ただいま、花婿修行中です!

<前回より>

ちょうど1年前の2014年3月9日(日)、人生40周年の節目となる日を、多くの友人とお取引先の皆様にお祝いして頂き、人生最良の日を迎えることができた。あれから1年、この1年は仕事上は試練の1年だった。円安傾向のため、ドル建てプランを中心に取り扱う弊社の売り上げはピーク時の半分以下に減ってしまった。自社オフィスを閉鎖し、経費を大幅に削減して、生き残りを駆けた戦いが今も続いている。起業当初は毎日更新していたブログも、更新頻度が大幅に少なくなってしまい、自分自身の仕事に対するモチベーションも下がってしまったようだ。起業して6年、自分なりに奮闘してきたが、もはやこれまでかと覚悟を決めた。

しかし、自分はどうもピンチになると、急にやる気が出てくる体質らしい。ブログの更新頻度は減ったが、フリーペーパーの記事広告やSNS経由での問い合わせが増えて、ここ最近は毎日の問い合わせ対応に忙殺されている。私が数年前に書いたブログ記事を読んで、あるいは幣筆の私の履歴書シリーズを最初から全部読んでくれて、私に問い合わせをしてくれるクライアントもいる。金融の仕事は何よりも信頼が大切だ。決してクライアントの前で甘言を言うことなく、リスク説明を最初にしっかりした上で、香港の金融機関を活用するメリットを地道に説明してきた効果が表れてきた。

私個人の目標もできた。これまでは仕事が恋人で、一生独身でもかまわないと考えていたが、ここ最近、家族や結婚に対する考え方が変わってきた。クライアントとは家族ぐるみの付き合いになることも多いが、私自身の家族がいないのは、何とも心苦しい。クライアントに推奨するプランは、自分自身もほぼ全て契約しているが、学資保険だけは自分の子供がいないので、契約したくても契約することができない。4年前の震災以降、結婚するカップルが増えたというが、皆、命をつなぐ大切さに気付いたのだと思う。

私も仕事が減って、ピンチに陥ったとき、そのことにようやく気が付いた。自分が苦しいとき、本当に心配してくれるのは家族しかいないのだと。いまはまだ両親が健在だが、長男で後継ぎのいない私のことを、父はいつも嘆いている。後継ぎという時代でもないが、40代になって、自分自身の仕事に対するモチベーションが下がってしまったのは、自分の家族がいないことが多少なりとも影響しているように思う。そういうわけで、ブログタイトルの41歳の決断は「家族を作る」ことだ。え、もう相手は決まっているのかって?そんな野暮な質問はしないでほしい・・

<いったん終わり>
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私の履歴書(15)40歳の決意
まだまだこれからも沢山の素敵な人達と巡り合いたい!

<前回より>

2014年3月9日(日)、人生40周年の節目となる日を、多くの友人とお取引先の皆様にお祝いして頂き、人生最良の日を迎えることができた。30歳になるときは、早く30代になって大人の仲間入りをしたいと思っていた。40歳になるときは、出来ることならこのまま時間が止まって、いつまでも30代のままでいたいと思っていた。30代で人生のドン底と頂点を両方経験したが、振り返ってみると、いままでの人生の中で最も充実した幸せな時間だった。40代はどんな人生になっていくのかまだ分からないが、10年後に振り返ったときに、40代が一番幸せな人生だったと言えるように、1日1日を大切に生きていきたいと思う。

3年前の大震災で生きたくても生きれない命が沢山あったことを考えると、歳を取るというのは幸せなことだ。だから私達は日々を一生懸命生きることで、子孫繁栄のために尽くさなければならない。もしも自分の子供がいなかったとしても、次の世代が安心して暮らしていける社会にしていかなければならない。これからも日本の少子高齢化はますます深刻になっていく。どこかでいまの社会保障制度をリセットしなければ、100年先まで禍根を残すことになる。香港在住資産運用アドバイザーとして「自分の年金は自分で作る時代」だということを、これからも訴え続けていきたい。

どうにか会社設立5年目を迎えることができたが、朝寝坊しても優雅に朝マックを食べられたのは最初の頃だけの話で、いまはスーツケースを移動オフィス代わりにして、香港だけではなく、日本・中国・ベトナムなどセミナー開催の依頼があればどこへでも飛んでいく。そして、私自身もいまの仕事が、皆様のライフプランやご家族を助けるために大いに役立つ、と自信を持っている。個別で面談した方からは感謝の言葉を頂けるし、投資や保険商品のお申込みをして頂いた後、本来なら私からお礼を申し上げるべきところだが、逆にお客様から「これで安心して本業の仕事に取り組めます。本当に有難うございます。」という言葉を頂けることが多くなった。
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私の履歴書(14)リーマンショック
2008年9月にリーマンショックが勃発し、新興国の株価は真っ逆さま状態となった。

<前回より>

2008年3月、香港のIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)企業に就職した私に与えられたミッションは主にIR(インべスターズ・リレーションズ)業務であった。前年、米国で発生したサブプライムローン問題が新興国市場にも影響を及ぼし、中国を始めとする新興国の株価が下落し始めていた。世間では多くのエコノミストが、サブプライムローン問題が米国経済に深刻な影響を及ぼす可能性について警鐘を鳴らす一方で、新興国の台頭で中長期的にエネルギーや穀物の価格が上昇するとのデカップリング論によって商品市場は値上がりが続いていた。私が所属するIFAは日本で定期的に既存投資家向けの運用報告会を行なっており、私も通訳として同行していた。顧客の資産を預かるポートフォリオマネージャーは、2008年前半の株価下落を一時的なものとして捉えており、3月に米国政府がベアスターンズ証券を救済したことから、市場はやがて落ち着きを取り戻し、2008年後半は世界の株価は上昇に転じるという説明を繰り返していた。しかし、そうは問屋が卸さなかった。2008年9月にリーマンショックが勃発し、新興国の株価は真っ逆さま状態となった。その後は、顧客からの苦情処理の対応に追われて、新規営業どころの話ではなくなってしまった。そうして数ヵ月後、私自身も会社側から雇用契約の解除を通告された。

香港へ戻ってきてわずか1年後に大きな壁にぶち当たってしまったわけだが、幸いにも別のIFA企業が私を資産運用コンサルタントとして採用したいと声をかけてきた。渡りに橋の話ではあったが、昨年の金融危機の影響もあり、本当にこの業界で仕事を続けていくことが自分にとって正しい選択肢なのかどうか、大いに迷った。しかし、新しく所属先となるIFAのシニア・ディレクターT女史と出会ったことで、迷いは吹っ切れた。彼女曰く、「世の中に投資のプロを名乗る人達は星の数ほどいるが、本当に投資で勝ち続けている人はごくわずかに過ぎない。結局のところ、人間の感情というものが冷静な投資判断の邪魔をして、損失が損切り基準を超えているのに売却することができない、まだ値上がりする可能性がある投資対象を売り急いでしまう、ということが頻繁に発生する。だから、資産運用コンサルタントは、短期的なキャピタルゲイン目的の投資対象を推奨するべきではない。中長期的に成長することが確実な投資対象を選択して、あとはクローズ・ザ・ブックすれば良い。そうすれば損失が出る可能性は低くなり、自分が目標とするリターンを中長期的に達成することが可能になる。」
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私の履歴書(13)そして再び香港へ
大きなスーツケースを抱えて成田空港に到着した私の行き先は・・・

<前回より>

2008年3月、ノースウエスト航空の香港行き往復航空券と、荷物がぎっしり詰まった大きなスーツケースを抱えて、成田空港に到着した私の心は浮足だっていた。航空券は一応、帰りの便の予約も入れていたが、帰りのチケットを使うつもりはなかった。香港のIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)企業への転職が決まり、私は再び香港で働き始めることになった。2003年末に香港を去ってから、既に4年の月日が流れていた。その間、香港駐在の仕事を探し続けて紆余曲折もあったが、結局、香港で現地採用の仕事につくことに決めた。現地採用は駐在期間が決まっていないので、自分でいたいだけ香港にいることができるし、ある程度、仕事で実績を積んだ後は、会社を独立することも可能だ。香港での法人設立は、コンビニで携帯電話の支払いをするのと同じぐらい簡単だ。この時点では、まだ独立することなど夢にも思っていなかったが・・・

<次回へ続く>
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私の履歴書(12)世界一税金が高い国
所得税や法人税が高すぎると、働く意欲が薄れます。

<前回より>

米系大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズに勤務していた頃、業界最大手の運営管理機関と約30種類の投資信託格付けの一括契約に成功し、過去最高の年棒を獲得することに成功した。しかし、喜びも束の間だった。翌年、役所から届いた納税通知書の納税額を見て驚いた。日本では年収1000万円を超えると急に税金が高くなると聞いていたが、それにしてもゼロの桁が一つ多いのではないかと疑うほどの高額な税金を請求された。石油会社に新入社員として勤務していた頃は、給料が安かったこともあり、納税額はそれほど気にならなかったが、自分が努力して培ったキャリアで給料を稼いでも、これほど高額な税金を請求されてしまっては、自分で使えるお金は新入社員時代とほとんど変わらなくなってしまった。

日本にいてはダメだ。心の中でそう確信し、また、香港に対する郷愁の思いも強まっていたので、香港へ駐在可能な仕事を探し始めた。香港へ行けば、所得税・法人税ともに最高で17%までしか課税されない。そこで日系企業で香港駐在員になれる仕事を探したが、これは難航した。日系企業は、駐在コストが高い香港の駐在員を減らして、中国の華南地区や上海へ駐在員をシフトし始めていた。この場合は、北京語が話せなければ、駐在員になれる可能性は低い。仕事を1年間休んで中国へ語学留学しようかとも考えたが、仕事を休むことでキャリアに空白ができるリスクも大きい。そうなると、香港で現地採用の仕事を探すしかないが、香港にある日系企業の現地採用者の給料は正直あまり恵まれたものとは言えない。そうなるとやはり外資系企業の求人を探すしかない。1999年に初めて香港へ行った時は、ロイター時代の上司、立花氏との劇的な出会いがあったが、今回もそのような機会はないものだろうか。「香港よ、もう一度、私にチャンスをくれ」心の中でそう願った。

<次回へ続く>
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私の履歴書(11)格付け会社へ転職
ニューヨーク出張の歓迎クルーズディナーで、本社社長と同じテーブルになる!

<前回より>

2003年末、日本への帰国を決めた私は、ロイタージャパンへ転勤のお誘いも頂いていたが、新しい分野の仕事にチャレンジしたかったので、米系格付け会社S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)への入社を決めた。S&Pは、銀行や事業会社に対する信用格付け、保険会社に対する保険金支払い能力格付け、証券化商品に対する格付けなどをグローバル市場基準で評価することで有名な会社だが、私が担当したのは、当時はまだ新しい事業分野であった投資信託格付けと株価指数サービスであった。

投資信託の格付けは、ベンチマークと呼ばれる株価指数を上回るリターンを出しているかどうか、ファンドマネージャーの投資戦略、アナリストによる調査体制など、定量的なデータと定性的な評価によって総合的に判断される。日本で確定拠出年金制度(日本版401k)が導入開始されたことにより、401kが導入された企業の従業員は、自分で投資信託を選択し、運用結果に対して自分自身で責任を持たなければならなくなった。しかし、ゲートキーパーと呼ばれる401kの運営管理機関も、提供する投資信託のクオリティには責任を問われることになる。そこでS&Pが提供する投資信託格付けが脚光を浴びることになった。業界最大手の運営管理機関と、約30種類の投資信託格付けの契約に成功し、ここでも私は過去最高の年棒を獲得することに成功した。しかし、その喜びも束の間だった。これについては次号のブログでお話する。

格付け会社のアナリストは広範な業界知識と高い倫理観が求められる仕事である。格付け会社が出す格付けが本当に信頼できるものかどうか、それは市場の透明性によって支えられている。インサイダー取引や不正会計操作が横行する市場では、格付けは機能しなくなる。また、2008年のリーマンショック時に多くの証券化商品の格付けが短期間の間に最高格付けAAAからデフォルト(債務不履行)まで陥落したが、複雑化した市場に格付けの機能が追い付いていないという問題点もあると思う。いずれにしても、格付け会社勤務時代に出会った多くのアナリスト達との対話を通して、私自身も広範な金融知識と、市場に対する倫理観を学ぶことができた。私のキャリアの基礎は、営業と顧客サポートの基本をロイターで学び、金融知識と倫理観をS&Pで学んだことで支えられていると言っても過言ではない。サラリーマン人生から卒業した今、これからは生涯、独立した資産運用コンサルタントとして、この2社で学んだ経験を糧にして、正義感と倫理観を持って、お客様にとって本当に必要な資産運用サービスを提案するために邁進していきたい!

<次回へ続く>
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私の履歴書(10)香港を去る決断
大好きだった香港を去らねばならなくなった決断とは?

<前回より>

香港へ来て4年が過ぎた頃、ロイター香港のトップセールスマンとして順風満帆に見えた香港生活に大きな困難が迫っていた。2003年に入っても、日系金融機関の不良債権問題はいまだ解決しておらず、合併による合理化、組織再編を伴うリストラ、大幅なコスト削減策と、グローバル市場での生き残りをかけて次々と対策が打ちだされていた。金融機関の勝ち組と負け組の差がはっきりと現れ、ロイター社内でも勝ち組の金融機関を担当することが一種のステータスになっていた。私は日系担当だったので、勝ち組と負け組を選ぶ選択肢はなく、香港に進出している日系金融機関と命運を共にしなければならなかった。しかし、市場では日系金融の半数以上が外資に買収されると、まことしやかに囁かれていた時期でもある。

突然、大手銀行の担当者より呼び出しを受けて訪問すると、このような話を切り出された。「御社のライバル会社のT社より、ロイター端末の半値で情報端末の乗り換えオファーを受けた。ついては、いま契約しているロイター端末の契約を全て解除したい。」と・・。まさに寝耳の水の話だ。この大手銀行は昨年の合併プロジェクトで、情報端末を全て入れ替えたばかり。それをわずか半年で解約を申し出てくるとは・・。ライバル会社のT社も、商売を取るためなら手段を選ばない策に出てきた。情報の安売りは、業界全体の利益にならないことをT社は全く分かっていない。結局、この話はロイター香港の社長も巻き込んで、期間限定の特別割引価格をロイターが提示することで丸く収まった。その後、ライバル会社のT社は経営困難に陥り、ロイターへ身売りすることになったのだが・・。とにかく私はこの一件で、ほとほと疲れ果ててしまった。

その後に香港を襲ってきたのが、SARS(重症急性呼吸器症候群)だ。市民全員がマスク着用を義務付けられ、街中が暗い雰囲気となり、新規のビジネスの話ができるような雰囲気ではなくなってしまった。私は大好きだった香港という街に絶望してしまった。心の中で5年間一度も思わなかった言葉が聞こえてきた。「日本へ帰ろうか・・」

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私の履歴書(9)ロイターのトップセールスマンになる!
ロイター香港で売上1位となり、仕事が絶好調だった時期。

<前回より>

香港へ来て良い仲間ができ、顧客企業の信頼も得て仕事は順調、日本人カスタマーサポート担当のG女史がロイタージャパンから香港へ転勤してくれたおかげで、私の仕事量にも余裕ができて、休暇をもらっては海外へダイビングや旅行に出掛けていた。最初は苦手だった営業も、まずは自分自身を売り込む、商品ではなくサービス内容をアピールする、どんな細かい要望にも誠意をもって対応する、といったことを繰り返しているうちに、自然と新しい仕事の依頼が入って来るようになった。気が付いたら、私はロイター香港の営業部で売上1位のトップセールスマンになっていた。年収はコミッション込みで1000万円を超え、大学を卒業したときに漠然と抱いていた30歳までに1000万円プレーヤーになるという目標をいとも簡単に達成してしまった。しかし、私はコミッション目当てで仕事をしたことは一度もない。目の前にあるお客様からの要望を、一つ一つ丁寧に、チーム内の意思疎通を明確にして、進捗状況を確認しながら、仕事を進めてきただけの話である。そうすると自然と結果は後から付いてきた。いまもこの仕事スタイルに変わりはない。お客様に金融商品を販売するときに、自分がもらえるコミッションの金額を事前に計算したことは一度もない。一番大切なのは、自分が提案する金融商品が、お客様の人生にマッチするかどうかである。だから、個別面談のときはいつもその人の人生の目標とか、夢とか、そういう話を最初に聞かせて頂くようにしている。

話がそれたが、香港で働いていて素晴らしいことの一つは税金が安いということである。日本で年収が1000万円以上あると、半分近くは税金で徴収されてしまうが、香港の所得税の最高税率は17%しかないので、稼いだお金はほとんど自分自身のために使うことができる。本当は20代のときに香港で稼いだお金を自分自身の将来や事業のために投資していたら、30代の今になってこんなに苦労していなかったと思うが、若かった私は、仕事で稼いだお金を海外旅行や女の子とデートするために浪費してしまっていた。女性と食事するときは、グランドハイアットホテルの高級イタリア料理店で、高価な花束と高価なワインをオーダーしていたのもこの頃の話である。人は身の丈を超える給料をもらうと、あぶく銭のように使い果たしてしまうものである。若気の至りとは、まさにこのことだ。この頃の経験が、今の資産運用アドバイザーとしてのコンサルティング業務に非常に役立っていると思う。人は、ポケットに入っているお金がすぐに使えるお金だと分かると、身の丈を超えてしまって、あっという間にお金を使い果たしてしまう。しかし、ポケットに入っているお金の一部が自動的に貯蓄される仕組みになっていたら、人は残されたお金の中から身の丈に合った生活をしようと心掛ける。だから、保険や投資の仕組みを利用して、将来に対する備えを今から始めることが大切なのである。

<次回へ続く>
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